我が家のしあわせ

今日はあの大震災から1年。

東京は拍子抜けするような、のどかなお天気になりました。

朝から震災特番のテレビを見ていた主人ですが、
正午になろうという時間になって突然
「いくよ!」

「え?お出かけ?」
「うん」
「お散歩するの?」
「いくよ!」
「じゃあ、支度するわね」


先週、ファミレスでドリアを少し食べたのを思い出したのかな?
お昼を外で食べるということになると困りますから、
リュックに胃ろうカテーテルとカテーテルチップ、内服薬のセットを詰めました。

「はやく、はやく!」
「はいはい」

もしファミレスでなく、遠出になった時のために主人はたっぷり厚着をします。

「さあ、どこへ行くかはお父さんが決めてね。私はお供を致しますから」
「分かってる、分かってる」

どこいくのかな~~。


家を出ると、ファミレスとは反対方向へ進みます。
コンビニも通り過ぎ、ずんずん道なりに直進。
主人はそれほど迷う事無く指さししてくれます。

あらら、近くにある大きな独法系の総合病院へ入っていきますよ?

ここは一昨年再発した時に、リハビリ転院のお願いをしてあっさり断られたところです。
当時は状態があまり良くなかったので、家に近くホスピスもあるこの病院は魅力的だったのですが…。
結局主人を受け入れてくれたのは、北風がびゅうびゅう吹きこむ、
同じ独法でも聞きしに勝るボロ施設(失礼)のW医療センターだけでした。

ここ(T病院)は建物もまだ新しく、ロビーも広々してきれいです。

売店でも行くのかと思ったら、主人はためらうことなく指さしをして食堂へ行きました。
初めて入ったはずなのに何で分かるんだろう…?

入り口のサンプルが並ぶガラスケースの前で主人が気になったのはラーメンでした。
「これ、これ…」
「うーん、これ食べたいの?」
主人は少し考えて、首を振り
「これ、これもいいな。これ」
と、ケーキを指さしました。
「そうね、おいしそうだね」
私もほっとして答えました。
さすがにラーメンは…難しいでしょう。
幸い主人が選んだのはやわらかしっとりのチーズケーキ。これなら何とか食べられそうです。

食堂は天井が高く、窓が大きくとってあって暖かな光が差し込む場所でした。
私は窓際のテーブルに、他の席に主人の背中を向けるように車いすをつけました。
理由は2つ。
他のお客さんが気になって注意力が逸れないように、
そして食べこぼしを他のお客さんに見られないようにです。(私は平気ですが、他の方は不快ですからね)
どうしても麻痺側の左の口から食べ物がこぼれますし、
むせて吐き出してしまうかもしれません。


もちろん、明るい早春の空を眺めながら食事を楽しむためでもあります。


KIMG0203.jpg
主人はケーキに氷なしのレモンティ(トロミ添加)、私はレモンスカッシュを頼みました。

病院の食堂ですから格別おいしいわけではありませんが、
静かな雰囲気の中、ゆっくり食事ができるのはありがたいです。
それにしても主人、どうしてここに食堂があって日曜も営業してるって分かったのかしら??
超能力でしょうか?

ちなみにW医療センターにはコンビニの横にテーブルを置いただけの休憩スペースしかありません。
病室に食べ物を持ち込む訳にいきませんから、寒々しいテーブルでコンビニ弁当を食べてました。
しかし2ヶ月もするとすっかり飽きてしまい、途中のお弁当屋さんで温かいお弁当を買って、
誰もいない病棟の食堂をちょっとお借りして食べてたっけ。

震災からちょうど1年、退院してからもうすぐ11ヶ月かぁ。

日差しのなかでおいしそうにケーキを食べる主人を見て、私はしみじみ思いました。

「ねえ、お父さん」
「ん?」
「こういう何気ないことが、本当の幸せなんだね」
主人は大きくうなずきました。

震災がなければ、主人の病気がなければ、のほほんと生きていた私が気づく事はなかったでしょう。

あの日に戻る事はできないけれど、
それでも、いのちは続く。
人生はつらく、厳しい。
どんなにつらくても、誰も代わってはくれない。
どんなに死にたくなくても、その時がきたら死ぬ。
誰でも同じ。

できるなら、その日がくるまでこうした小さな幸せをたくさん積み重ねていきたいな…。
スポンサーサイト

Comment

コメント お気軽にどうぞ


管理者にだけ表示を許可する