胃ろうの光と影

お墓参りの記事からの続きで、いきなり胃ろうのはなし?

です。すいません。


お墓参りの帰り、満席のファミレスでようやくテーブルに着いて注文したものの
主人はだいぶ疲れていました。
疲れると不機嫌になり、介護拒否が強くなります。
服薬拒否もでます。(自力で飲めていた頃からそうです)
『構われる』のが嫌になるんです。

食事の前に野菜ジュースを持ってきてあげて、それを飲んでいた時はまだ笑顔だったのですが、
だんだん表情が曇ってきました。

なので予感はありましたが、胃ろうからお薬を注入しようとするとやっぱり激しい拒否が出ました。

何とかなだめてお腹の部分だけ服をめくってふたをはずしたのですが、
カテーテルを持つ私の手をガッチリ握って離しません。
私たちのテーブルは片側が仕切りになっていて、主人の隣に私が座り、通路に背を向けていますので
そっと注入すれば誰も気づきません。

説得して、なだめて、怒って。
でも、ダメです。
苦い粉末のお薬を混ぜた液体を口から飲むことは、いくらとろみをつけても危険が大きすぎます。
むせる可能性大です。
誤嚥も困りますし、吐き出して規定量を飲めないことも困ります。

とっくに到着していたエビグラタンがほどよく冷めたのを見計らって、
私は白旗を揚げました。
主人はむっつり黙ったまま、グラタンを食べ始めました。
一度もむせず、一皿完食。

幸い家の近くのお店ですから、帰ってすぐ注入すれば『食後』にギリギリ間に合うでしょう。
案の定、帰ってすぐ主人はベッドに横になり、ぐうぐう寝てしまいました。
さあ薬を注入しよう。
主人の薬で一番大切なのは抗けいれん薬の『エクセグラン』と『ガバペン』。
これだけは必ず服用しなくては。
さいわい、『ガバペン』の規定の8時間以内に服用できました。(エクセグランは朝夕2回)


前回ドリアを食べた時は、家で多めの水分で薬の注入を済ませてから出かけました。
家や施設では平気ですがやっぱり外で胃ろうを使うのは抵抗があるみたいです。
今年は外出の機会を増やそうと思っているので、よい勉強になりました。


何よりも、主人が胃ろうのことをどう認識しているのかよく分かりました。


やっぱりというか当然というか、あんまり好ましく思ってないのです。
絶対他人の目にはさらしたくないのです。
自分に胃ろうがついてることを知られたくないのです。


当たり前だろうって?
私もそう思います。

それが分かっただけでも良かったです。


実は胃ろうを造設して良かったのか、今でも悩んでます。

もちろん、経管栄養のおかげで退院でき、デイサービスに通うことができ、
体力がつき、そして今再び口から食べる喜びを文字通り噛みしめてるんですもの。
胃ろうの判断をしてくれた先生には感謝しています。
でも…。


胃ろうをつくることは私が決めました。
主人に一言の相談もなく、私一人で決めたことです。
そのことが、ずっと心のどこかで引っかかってます。
本当に良かったのか?
主人の意思に反しているのではないか?
主人の人生を傷つけているのではないか?
「こんなものつけられて生きるぐらいなら、死んだ方がましだ」
と思ってはいないだろうか?

誰にも相談したことはありませんが、そう思わない日はありません。


今日、人前で胃ろうを使うことで、主人がとても傷つくのだという事が分かりました。
もう二度と傷つけないよう、やり方を考えてみます。



私が胃ろうに対してためらいを感じるのは、
以前、リハビリ病棟で出会ったおじいさんの事を思い出すからです。

ちらっとこのブログにも書きましたが、認知症がだいぶ進行したおじいさんでした。
肺炎を繰り返し胃ろうを造設するために入院、無事手術は終わって、
あとはリハビリを終えて退院。
のはずでした。

おじいさんは、胃ろうが何なのか分かりませんでした。
「この、私の身体から出ている管は何ですか」
注入が始まると、不安そうに何度も何度も看護師さんに聞いてました。
説明されると理解できるのですが、覚えておくことはできません。
「看護師さん、看護師さん、この管から私の身体に、いったいなにが入ってるんですか」

胸が締め付けられるような言葉です。

最初は歩行器を使って歩くことができたおじいさんですが、
徘徊が激しいので身体拘束されてしまい、
さらに不穏がひどくなり、ベッドに縛り付けられている数日間で歩くことができなくなり、

そして1週間もたたず脳梗塞を発症。
寝たきりになってどこかへ転院していきました。

「もう、わたしは、おしまいです」
「もう、おしまいです」

うわごとのように繰り返しながら。

献身的に在宅介護を続け、毎日お見舞いに来ていた奥様。
傍目にもご主人を本当に愛しておられるのが分かりました。
愛する人の命を第一に考えての胃ろう造設だったと思います。

あの時、私は胃ろうは絶対につくるまいと決めました。
自分にも主人にも。

しかしわずか2年後、胃ろう造設しか延命手段がないと言われて、私は拒めなかった。
私と、奥様の間にどれほどの違いがあるのでしょう。
愛する人の命を守るためだといえば聞こえは良いですが、
それが本当にその人のためなのか…。


いくら悩んでも、答えはないのかもしれませんね。

えと、私は胃ろうがダメと言ってる訳ではありません。というかすごくお世話になってます。
これなしに今の生活は成り立ちません。
ただ、胃ろうを造ることを本人以外の人間が決定することに葛藤を感じるだけです。
一年たっても、まだ葛藤しています。
そんなの言い出したら切りがなくて、じゃあPCNSLの治療はどうなんだ、あれだって勝手に決めたことだろうと言われればそれまでなんですが。
ええ、そうなんですが。

悩んでたら夜中になってしまいました。
まだ仕事が山積みです。
徹夜で片付けます。…はあ。
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Comment

  • 2012/03/21 (Wed) 18:10
    # -
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  • 2012/03/22 (Thu) 11:05
    ルッコラ #- - URL

    病人の意思をどこまで尊重するのが良いのか。本当に難しい問題です。主人に関しては、彼の意思を尊重はしたいのですが、その時の気分で言うことがどんどん変わるし、しかも言ったことを覚えていないことがほとんどなので、彼の意思は参考意見として受け止めて、あくまで最終判断は私がすることにしました。
    要は私が憎まれ役になるということかな。ご主人とお墓参りに出かけることができて良かったですね。やさしくて頼りになる弟さんがいらっしゃって本当にうらやましいです。

  • 2012/03/22 (Thu) 11:45
    まっち #- - URL

    とてもとても、共感できます。
    私は、父を看取る時に同じような思いをしました。

    義父は、やはり認知症で特養に入っていましたが
    誤嚥を繰り返すことで Dr.から「胃ろう」の話しが出ました。
    主人を含め、兄弟三人で話し合い 結局「胃ろう」はしませんでした。
    点滴のみだった義父は、どんどん体力が落ち最後は眠るように亡くなりました。

    今でも、あの決断は良かったのか悪かったのかわかりませんが
    義父の場合、口からご飯がたべられることはなく、寝たきりで意志の疎通ができない ほぼ植物状態でしたので「胃ろう」をしてまで生き長らえさせることは かえって気の毒でした。

    今回、自宅介護にあたり 義父のこともありましたので
    最初に主人と話し合いました。
    お義父さんのように 誤嚥を繰り返し、食べられなくなったら「胃ろう」をして欲しいかどうか?
    主人の答えは「NO」でした。
    延命措置も「NO」でした。

    その時が来たら、割り切って行動できるかどうか 今の私にはわかりません。
    でも、できるだけ主人の意志を尊重したいと思っています。

    自分以外の「命の期限」を自分が決めて良いのかどうか・・
    悩みます。
    「胃ろう」と言う医療技術自体は、画期的ではありますが
    すべての人に幸せをもたらすものでは無いと個人的には思います。 

  • 2012/03/24 (Sat) 02:10
    mikomona #- - URL
    ルッコラさん、こんばんは。

    そうなんですよね、意思を尊重したら命の危険にさらす可能性もありますし、
    認知機能が落ちた人の尊厳をどうやって守るのか、どこまで寄り添えるのか…考えれば考えるほど難しいです。

    特に胃ろうはQOLに直結しているので、余計に悩むことが多いですね。

    『胃ろうを否定して、自然に任せる』と口で言うのは簡単ですが、
    いざ家族がそうなってみると、否定するのは本当に困難です。
    何度も誤嚥や肺炎で苦しむのは見たくないですし…。

    弟の存在をこれほどありがたく身に染みる事になろうとは…。
    本当に介護とは…想定外なものですね。

  • 2012/03/24 (Sat) 02:51
    mikomona #- - URL
    まっち さん、こんばんは。

    お義父様のこと、とてもつらい決断だったと思います。
    きっと、どちらにしてもスパっと割り切れることはないでしょうね。
    私も同じです。

    もちろん胃ろう自体は大変ありがたいんです。
    薬も水分も確実に入れられますから、主人のように薬の飲み忘れや脱水が
    けいれんを誘発する可能性がある人には特にそうです。

    でも胃ろうはやっぱり…。できることなら作りたくなかったですね。
    今さらですが…。


  • 2012/03/24 (Sat) 20:20
    かに座 #5M9x2NWk - URL

    一緒です
    夫が話せたなら  よくわかっていたなら
    そんなにまでして生きていたくないと
    きっと言うと思います

    私は息子に胃ろうやその他の延命はしないでね
    と頼んでいます

    でも決断する人が一番つらいのですね
    今日もそんな話になりました
    胃ろうを付けないということは餓死させることやし
    と息子は言葉を濁していました
    胃ろうにしたからこそ在宅にこだわっています
    でも夫の場合いつまで在宅でおれるか
    呼吸不全が今回起こりましたから

  • 2012/03/25 (Sun) 22:21
    # -
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  • 2012/03/30 (Fri) 22:12
    mikomona #- - URL
    かに座さん、こんばんは。

    ご主人、少しずつ良くなっているようでほっとしました。
    早く退院して一緒にお花見に行けますように…。

    いつもお返事が遅くなってすいません。
    胃ろうの話になると、どうしてもあれこれ考えてしまって
    なかなか『送信』が押せなくて。文章力がないのってダメですねぇ。

    私も自分に胃ろうや気管切開はして欲しくありません。

    でも現実はどうなるでしょうね。
    困るのは、主人のように脳幹がやられてしまう事です。
    認知機能はそれほど落ちていないのに、嚥下や排泄機能がダメージを受けてしまうと…。
    そうならない事を祈るしかありません。

    先日、NHKのニュースで終末期の胃ろう中止について報道されていましたが、
    主人が隣にいたので慌ててチャンネルを変えました。

    覚悟はしているつもりでも、いざ目の前にそんな言葉が出てくると
    心臓がはね上がります。

    まだまだですね…。

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