改めて、自分の人生を考えた日

突然、父方の叔母が亡くなったと連絡がありました。

翌日、会社を早退してお手伝いに行きました。


うちの家系は心臓と癌に弱いらしく、
私も昔から心臓があんまり丈夫ではないなぁ…という自覚があります。
(普通の生活には何ら支障はありませんし、健康診断も異常なしです)

亡くなった叔母も心臓の手術をし、さらに癌を発症し、完治しました。


今年の春のお彼岸に、弟と一緒に父方のお墓参りへ行った時、偶然叔父叔母と会い、久しぶりに話をしました。
その時に、別の癌を発症しているのを知って驚きました。
「でもね、もう治療はしないって決めたのよ。家にいたいから」
「そうなの…」
もう高齢になってからの癌ですし、無治療が一概に悪いとはいえません。
それが叔母本人の意思なのですから。

その時の叔母は、若干頼りない感じですが杖なしで歩き、大きな声で笑っていました。
私たちに会えた事を本当に喜んでいました。

ですが、最近急激に体力が落ち、ベッドで寝ている事が多かったそうです。
一人で同居介護していた叔父は何も言いませんでしたが、おむつの在庫量と処方されたた医療用浣腸の箱を見れば、
少なくともここ数ヶ月は、自力で排泄できない状態だったのは察しがつきます。
家族とは言え、たった一人で慣れない異性の排泄介護、さらに自宅での看取り、大変だったでしょう…。


うちは父方も母方も親戚が少ないので、こういう時はできるだけお手伝いしたいのですが、
なにぶん急な話で、ショートステイも利用できず、ヘルパーさんにギリギリまでお留守番を頼んで
納棺に立ち会うことができました。

母の時は、すでに納棺が終わった後でしたから、私にとって初めての経験でした。

お化粧して、経帷子の上からよそ行きのスーツを羽織った叔母は、ちょっと笑っているようでした。
そうそう、昔から面白い事を言って笑わせてくれたね。

狭い台所で祖母と叔母が丁々発止でお料理作っていた姿を、今でもはっきり覚えています。

「あっちの方が賑やかになっちゃって、寂しいわね」
「そうだな…」

私の父(長男)は6人兄弟でした。

父の2人の妹はこれで2人とも亡くなりました。
2人も同じ癌です。

また弟は3人存命しています。
次男の叔父は息子夫婦と同居していて、おそらく最期まで看取ってもらえるでしょうが
三男、四男は独身で、特に三男の叔父は離れて暮らしており、私もほとんど面識がないので、
もし急に亡くなっても現地へ行けるかどうか、いや、連絡がつくかどうかも分かりません。

四男の叔父(叔母と同居していた)も、いざという時に誰が看取るのか、財産の処分はどうなるのか…。
(あ、遺産争いの心配はないんですよ)


さて。
叔母の患った癌は、一定の確率で遺伝が関係します。
つまり、家族に癌がいれば、発症率が跳ね上がるタイプの癌です。
私は第一近親者ではありませんが、同じ遺伝子を父から受け継いでいる可能性は否定できません。

その時、主人が他界していればとてもシンプルな話なのですが、
そうではない場合、非常に面倒な状況になるでしょう。

これまで、自分の終わりについてはほとんど何も考えてきませんでした。
想像もできませんでした。

でも、少しずつでも、できることから準備していかないと。


叔母の穏やかな顔を見ながら、そんなことを考えた夜でした。
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