あわや人前で泣くところだった

ここ数日で、朝井まかてさんの『阿蘭陀西鶴』を読みました。

昨年秋に、朝井さん原作のドラマ『眩〜北斎の娘〜』を見て、かっこいいな~(主役の宮崎あおいさん始めキャストも良かった)と思って、それからポチポチと読んでます。

花競べ 向嶋なずな屋繁盛記
すかたん
ぬけまいる

プロットが面白く、話が明快で、力強くて、そして細やかな情にあふれた文章で、すいすい読めます。


『阿蘭陀西鶴』は、俳諧師であり、浮世草子、人形浄瑠璃の作者として
当時大変な人気を博した井原西鶴と、その娘おあいのお話です。

おあいは盲目ですが、亡き母にみっちり仕込まれたおかげで家事はほとんど自分でこなします。
「明かりがないと何もできないなんて、目明きの方が不便だ」と平然と言ってのけ、
「目が見えないなんてかわいそう」と世話を焼かれる事を嫌がり、
誰に対しても頑な態度を崩しません。
そして、とてつもない才能をもちながら、派手好き、負けず嫌い、いわゆる『人たらし』な父のことを、
自分の才能を鼻にかけ、家族を犠牲にして好き勝手に生きる男として心の中で軽蔑しながら
淡々と家事を切り回して(そして父に振り回されながら)成長していきます。

物語はおあいの視点(?)から描かれてます。
音や匂い、気配などで周囲の状況を認識し、コミュニケーションを取るさまが巧みに描写されているので
私も鍋から立ち上る湯気や、床を踏むきしみ、風の音、葉の手ざわり、大阪の街のにぎやかさを、まるでその場にいるかのように、感じることができました。



実はうちの主人も、ちょっと西鶴に似てるところがあって、
「あ~分かる分かる」と思いながら読んでました。

理屈をねじ曲げても負けを認めない勝ち気な性格、議論が大好き、人によって態度を変える、自分がこうと思ったら絶対に意見を曲げない、機を見るに敏、常識にとらわれず我が道を行く、でも地は素直で情に厚く、他人を巻き込むのがうまい…。

そう、一緒にいるとめんどくさいタイプの人なんです。
※西鶴のような才能はもちろん主人にはありませんよ。
でも「この人はまた、突拍子もないこと言い出して…」
と呆れながらも、見放すことができないあおいの気持ち、すごく良く分かるんです。

物語が進むにつれ、家族を顧みず好き勝手に生きてきたと思い込んでいた父の別の一面を知り、
おあいは徐々に父と心を通わせるようになります。

『眩〜北斎の娘〜』の父と娘は、親子であり、師弟であり、ライバルであり、芸術の道を究める人生を歩みますが、
おあいは目が見えないので、文字をそのまま読めませんし、書くこともできません。
そんな彼女が、生き別れて暮らす弟たちに手紙を出したいと思うようになり、
父が手取り足取り、工夫をこらして書き方を教えるシーンは、微笑ましくもしみじみとした気持ちにさせられます。


私の読書は主に通勤の電車の中で、
時に物語にのめりこんで降りる駅を乗り越してしまったりするんですが、
ラストシーンで涙があふれてきたのは、この本が初めて。(電車の中という意味で)
ごまかすのに苦労しました。

良い本は、人生の宝物だなと思います。
井原西鶴を直接読むのは…難しいでしょうが(汗)
ちょっと興味がわいてきました。
現代訳版で読んでみようかな…。
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